本当の愛を知ることで生き方が変わる。

宗教的な話ではないのですが、どうしてもこういう話は宗教っぽくなってしまいます。

そして、日本人は無宗教の人の多い国なので、

宗教的なお話をするだけでタブー視されます。

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でも、本当の愛や、本当の幸せというのを知っておくことは、自分の中で大きな糧となります。

だからぜひ、考えてほしいのです。

本当の愛とは何?って…

 ①本当の愛とは?


そんなこと、いきなり聞かれてもわからなくなってしまいますよね…

では、

愛を説く宗教としてクリスチャンの考える愛とはなんでしょうか?

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それは、キリストの愛です。

キリストの愛?

そう、キリストのように生きなさい。

という教えがあります。

では…

キリストの愛とは?

「キリストの愛」(キリストに対する愛ではなく)は

キリストが人類に対して持っている愛情の事を示しています。

キリストの愛はキリストの、

私達がその愛を受ける資格が全くなくとも、

私達の最善のために、特に私達が本当に必要な物を与えるためには

命をも惜しまず進んで全てを捧げる愛だという事ができるでしょう。

キリストの愛とは何?

 

アガペーの愛…って?

因みに、私が好きなのは、これ…

これは、パウロが語ったとされています。

 

新約聖書ギリシャ語で書かれました。
ここで愛と訳されていることばの原語はアガペーです。
パウロはこのアガペーの愛について書いています。

 

「優れた道を示しましょう」

愛は寛容であり、愛は親切です。

また人をねたみません。

愛は自慢せず、高慢になりません。

礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、

怒らず、人のした悪を思わず、

不正を喜ばずに真理を喜びます。

すべてをがまんし、すべてを信じ、

すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。

愛は決して絶えることがありません。

(コリント人への手紙I 13:4〜8)

 

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キリストの愛を知る事がこのアガペーの愛の第一歩と説いています。

 

私が思うに、愛というものは見返りをもとめないもの、

誰にでも注がれるもの。

そして、パウロが説く具体的なこのことはとても大事だなと思います。

そして、私たちは常に、愛されている存在なんだと気づかされます。

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仏教ではどうなのでしょうか?

愛という言葉は慈悲という言葉につながるようです。

 

 

渇愛とは、性的愛、盲目的衝動的執着の愛

仏教では、この渇愛が人間の愛の本体であり、

苦悩の源泉であると考えられます。

そして、この苦悩から慈悲の心が生まれるのです。

自分の苦悩を本当に知る者が、他者の苦悩にも共感できるからです。

そして、この慈悲が他者に対する無条件の究極の愛の姿として「無縁の慈悲」、

つまり私が誰かに何かをしてやるという三つの条件を全く意識しないで他者を幸せにするものと説かれました。

 

私は仏教にはくわしくないので引用しましたが…

難しいですが、愛という言葉の捉え方が違ったのですね。

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~まとめ~

二つとも、基本的には、人のために…

という考えは一緒なのかな?って思いました。

 

私は、イエス様もマリア様も大好きなので…(キリスト教徒ではないですが…)

本当の愛というのはまさに、自分を犠牲にしてもいいという愛。

私だけが幸せになるというものではなく、

私よりも誰かのことを想うそういうものな気がしました。

 

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